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東京地方裁判所 昭和30年(モ)2165号 判決

申立人 株式会社三洋商会 外一名

被申立人 横井昇一

主文

本件申立は、いずれも却下する。

訴訟費用は、申立人等の負担とする。

事実

第一、当事者の主張

申立人等訴訟代理人は、「当裁判所が昭和三十年(ヨ)第三四八号意匠品製造禁止仮処分申請事件について、同年二月十二日した仮処分決定は、申立人株式会社三洋商会において金四十万円、申立人株式会社青々社において金十万円の保証を立てることを条件として、これを取り消す。訴訟費用は、被申立人の負担とする。」との判決を求め、その理由として、次のとおり陳述した。

被申立人は債権者、申立人等を債務者とする前記仮処分申請事件について、東京地方裁判所は、昭和三十年二月十二日「債務者株式会社青々社は、目録及び図面表示の意匠を同一又は類似の意匠を有する物品を製造してはならない。債務者株式会社三洋商会は、債務者株式会社青々社の製造した右物品を販売拡布してはならない。債務者等方に存在する債務者株式会社青々社の製造した右物品の既成品及び半製品に対する債務者等の各占有を解き、債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は、右命令の趣旨を公示するため、適当の方法をとらなければならない。」との仮処分決定をした。

しかして、右仮処分申請理由の要旨は、「被申立人(債権者)はリングアルバムにつき登録第九五四〇六号の意匠権を、川又元男と共有しているものであるところ、申立人(債務者)株式会社青々社(以下青々社という。)は、右意匠と同一又は類似の意匠を有するリングアルバムを製造し、申立人(債務者)株式会社三洋商会(以下三洋商会という。)は右青々社製品を販売拡布しているから、意匠権に基き、その禁止を求める。」というのである。

しかし、申立人等には、以下に述べるように、右仮処分決定の取り消しを求めうる特別の事情がある。

申立人三洋商会は、二十余年にわたつて、アルバムの仕入販売を専業とする会社であり、昭和二十八年十一月から翌二十九年十二月までの間におけるリングアルバムの販売量は、二万千九百五十三册金額にして三百八十五万七千八百九十九円に達するが、その仕入先は川又元男及び申立人青々社であり、販売先は松坂屋、松屋、三越、伊勢丹、高島屋等六大都市の各デパートである。ところが、右のうち五千九百七十五册、百十四万八千七十六円を占める申立人青々社製品は、いずれも単価二百円以上の大型高級アルバムであるが、その余の川又元男の製品は、同人が右のような高級品を製造する能力がないため、単価百円程度の普及品ばかりである。従つて、申立人三洋商会にとつて、申立人青々社製品の販売禁止は、ただちに高級品の販売不可能を意味するから、これによつて被る金銭上、信用上の損害は、莫大であるのみならず、被申立人は、本件仮処分執行後「三洋商会は一切のリングアルバムの販売を禁止された」旨の虚偽の通告を、前記各デパートに発したため、申立人三洋商会は、事実上川又の製品まで販売が困難となり、長年の信用を失うこと甚だしいものがある。

また、申立人青々社は、アルバムの製造を専業とする会社で、申立人三洋商会の注文をうけて、昭和二十九年六月からリングアルバムの製造をはじめたが、その製造量は毎月千百册で、会社における全製品の二割に達し、その製造に専従する職工も五名を数えている従つて、その製造禁止により、会社の採算に大きな支障を来し、また専従の職工は、解雇のやむなきに至りその生活問題にまで波及しようとしている。

しかも、一般的にいつて、アルバムが最も盛に売れる季節は、毎年二月から五月までの間であるから、この時期に製造販売ができないことは、申立人等において、本年度の収益の大半を失うことにほかならない。

これに反し、被申立人と川又との共有にかかる本件意匠権については、株式会社岡田台紙店の請求により、昭和二十八年一月二十八日特許庁において、登録無効の審決があり、上級審でもこれが維持される公算が極めて大であるばかりでなく被申立人は、従来から自己の主宰する城北セル加工株式会社にリングアルバムの製造販売をさせているが、右会社の販売先は、アルス、文祥堂、凸版印刷株式会社、大日本印刷株式会社等で、申立人三洋商会の販売先とは全然別個であるから、被申立人は、申立人等のリングアルバム製造販売によつて、何等販路を侵されることなく、従つて、何等損害を被らないはずであり、仮りに被ることがあるとしても、その損害は、十分、金銭によつて補償されうるものである。

これを要するに申立人等は、前記仮処分によつて被申立人の保護される利益に比し、余りにも過大な損害を被つているばかりでなく被申立人の権利は結局金銭をもつて補償されうるものであるから、申立人等は、民事訴訟法第七百五十九条の規定により、保証を条件として、前記仮処分決定の取消しを求める。

被申立人訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

申立人等の主張事実中、被申立人が申立人等主張の理由に基いて、東京地方裁判所に仮処分を申請し(昭和三十年(ヨ)第三百四十八号事件)、同裁判所が同年二月十二日申立人等主張の仮処分決定をしたこと、本件意匠権について、申立人等主張の登録無効の審決があつたこと及び被申立人が自己の経営する城北セル加工株式会社にリングアルバムを製造させ、右会社がアルス他数店にこれを販売していることは、いずれもこれを認めるが、そのほかの事実はすべてこれを争う。

第二、疏明〈省略〉

理由

被申立人の申請にかかる東京地方裁判所昭和三十年(ヨ)第三四八号意匠品製造禁止仮処分事件について、同裁判所が同年二月十二日申立人等主張の仮処分決定をしたこと及びその申立の理由が、申立人等主張のとおりであることは、いずれも当事者間に争がない。

よつて、申立人等が主張するような、右仮処分を取り消すべき特別の事情が存在するかどうかについて、判断する。

まず、本件仮処分によつて、申立人等が過大な損害を被る旨の申立人等の主張について考えるに、成立に争のない甲第六、第七号証、甲第十一号証から第十五号証まで、証人永田博の証言によつて真正に成立したと認める甲第十六、第十七号証、申立人青々社代表者白山邦甫の供述によつて真正に成立したと認める甲第十八号証、証人永田博、川又元男の各証言、申立人三洋商会代表者木村貞一及び前記白山邦甫の各供述を綜合すると、申立人三洋商会は、二十数年来アルバムの仕入販売を専業としている会社で、すでに四年前から本件リングアルバムの販売を開始し、最近におけるその販売量は、昭和二十八年十一月から翌二十九年十二月までの間に、二万千九百五十三册、金額にして三百八十五万七千八百九十九円であり、会社の営業全体に対する割合は、六、七分を占めているが、リングアルバムが消費者の好評を得ているため、将来の販売は、なお増加を予想されること、右リングアルバムは、従来川又元男のみから仕入れていたが、同人の工場は、技術的理由から、高級品の製造ができないため、昭和二十九年六月以降は、申立人青々社をして、販売単価二百円以上の大型高級アルバムを作らせ、川又元男には百円程度の普級品を作らせて、いずれも六大都市の百貨店にこれを販売し、このうち申立人青々社製品は同年六月から十一月までの間に、五千九百七十五册、百十四万八千余円を売り上げて、その一割五分から三割ぐらいに当る純益を得ていたこと、従つて、申立人三洋商会にとつては、青々社製品の販売ができないことは、半年間に百十四万円程度の収入減となるほか、このことがひいては、相当程度に、高級アルバムの販売ができなくなることをも意味するので、信用の点においても、ある程度の損害を生じていること、これに加え、被申立人が、本件仮処分執行後、代理人を通じて、「三洋商会及び青々社は、仮処分命令により、昭和三十年二月十六日以後、リングアルバムの製造販売を禁止された。」旨の文書を、松坂屋ほか各百貨店に発送したため、百貨店側は、過度の警戒心から、当分の間一切のリングアルバムを、申立人三洋商会から購入しないとの意向を示したので、申立人三洋商会は、その誤解をとくため奔走するを余儀なくされたこと、しかも申立人三洋商会において、年間を通じ、アルバムの最もよく売れる時期は、二月から五月までの四カ月であり、この各月を平均すると、他の月の十五割程度の売上げが見られるため、この期間中に販売不能となることは、常にもまして損害が大きいと見られることならびに申立人青々社は、昭和二十七年に創業したアルバム製造専門の業者で、材料一切を申立人三洋商会から支給され、製品もすでにこれに納入しているのであるが、リングアルバムの製造量は、毎月千册を超え、その全製品の約二割を占め、雇傭している職工二十二人のうち、昭和二十九年六月以後に傭い入れた五人は、リングアルバム製造に専従させていたところ、仮処分により一切のリングアルバムの製造ができなくなつたために、相当の損害が生じたほか、(申立人青々社代表者白山邦甫は、本件仮処分さえなければ、同社の経営は成り立つ旨供述するが、果して、そこまでいえるかどうか、他の証拠に照らして、甚だしく疑わしい。)アルバム販売の最盛期を過ぎると、右五人の職工が、余剰人員となるおそれもあることを、それぞれ一応認めることができるが、ひるがえつて、被申立人側の事情を検討するに被申立人が、その主宰する城北セル加工株式会社に、リングアルバムの製造販売をさせていることは、当事者間に争のないところであり、証人大塚紋太郎の証言、被申立人本人の供述及び右供述によつて、真正に成立したと認める乙第四号証の一、二によれば、右会社は従業員五、六人の小規模なもので、そのリングアルバム販売量は、昭和二十八年度(二月から翌年一月まで)に十二万六千三百九十七册であつたが、昭和二十九年度には、七万七千五百三十一册に減少し、一册につき四十円の利益として、その喪失は年間約二百万円に達するが、その原因の一つは、申立人等の商品が、昭和二十九年六月頃から市場に出たのをはじめとして、これにならつて、各地に類似品製造者が現われたためと見られること(申立人等は、申立人三洋商会の販路と、被申立人の販路とは全くてい触しないと主張するが、これを認めるに足る疏明はなく、むしろ証人川又元男の証言、被申立人本人の供述によると、一部の百貨店には、双方の商品が販売されていることが窺われる。)を一応認めるに足りるから、これらの認定事実を比較し、なお口頭弁論の全趣旨によつて認められる本件当事者の社会的地位ないし経済的能力の相違等を考え合せると、申立人等における損害は、いまだ前記仮処分を取り消すべき事由といえるほど、著しく過大なものとはいい難く、他にそのように断ずべき根拠は見出し得ない。従つて、申立人等の前記主張は採用しない。

次に、本件仮処分における被保全権利が、金銭補償により終局の目的を達し得るものである旨の申立人等の主張について考えるに、およそ、仮処分によつて保全しようとする権利は、その性質上必ずしも、金銭的利益と等価値ではないが個々の具体的場合においては、例外的に、これが等価値であると見うる場合もあるので、そのような場合に限り、これを理由に、保証を条件とする仮処分の取消しを命ずることができるものと解すべきであるところ、いま、これを本件についてみるに、本件仮処分の被保全権利は意匠権に基く侵害行為の差止請求権であると解されるが、前に認定したとおり、被申立人は、その経営する城北セル加工株式会社に本件意匠品であるリングアルバムを製造販売させているのであるから、被申立人が本件仮処分によつてうける利益のうちには、申立人等がリングアルバムを製造販売することによつて生ずる右会社の収入減の防止、ひいては被申立人が右会社から取得すべき報酬その他の金銭的利益の減少防止が含まれていることはこれを肯定しうべく、従つて、実質的に、このことを目的とする被申立人の請求権は、その限りにおいては、金銭的補償をもつて足るものということができようが、本件において、仮処分債権者として被申立人が受ける利益のうちには、このような金銭的利益のほかに、果して何等の利益も含まれていないと断定できるであろうかむしろ、本件に現われた資料だけでは、そのように断定することはできないといわざるを得ない。蓋し、被申立人が有効な意匠権者であることを前提とする限り(この点について、申立人等は、右意匠権について、登録無効の審決のあることを主張するが、このような審決のあつた事実は、特別事情による仮処分の取消を求める本件においては、如何なる意味合においても、これを斟酌するわけにゆかない。)、被申立人は、意匠権者として、前記金銭上の利益のほか、その精神的所産である意匠の工業的考案そのものに対する保護をうける利益、すなわち、意匠権の侵害に対して、単にその金銭的賠償を求めるだけでなく、むしろ、その侵害そのものの排除を求める利益を有するものと解されるからである。従つて、この点については、仮処分によつて保全しようとする権利は金銭的利益と等価値とはいい難く、従つて、本件における被申立人の権利は、結局金銭的補償をもつてしても、終局的満足を得られないものというべきであるから、申立人等の前記主張も、採用できない。

これを要するに、本件において提出援用されたすべての疏明によれば、前記仮処分により、申立人等がある程度の財産上の損害を余儀なくされることは、これを推認し得るが、これが当事者双方の利害の均衡から見て、必ずしも過大なものとは認め難く、また、被申立人が前記仮処分によつて保全しようとする権利は、必ずしも金銭的補償をもつて終局的満足を得るものとも断定し得ないばかりでなく、他に申立人等のため右仮処分を取り消すを相当とするような特別の事情があることは、これを認めることができない。従つて申立人等の本件申立は、結局いずれも理由がないこととなるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 吉江清景 長久保武)

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